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  7月5日号社説
 

国民国家づくりのイラク

 昭和十二年生まれで、敗戦による社会の激変を体験した養老孟司さんは、変わらないもの、普遍で不変なものを求める思いが強く、医学の中でも解剖学を選んだという。相手が死体なので、解剖を中断して、翌日まで保管しておいても、変わっていない。そうした、モノへのこだわりは、戦後の日本人に共通しており、それが奇跡の戦後復興につながったと語っている。
 激変を体験すると、人々は不思議に現実的になる。明治維新後の日本人がそうだ。司馬遼太郎さんが言うように、日本の歴史上、最もリアリズムに満ちた時代で、その結果、日清・日露の大戦に勝ち、列強の植民地になることなく、先進国の仲間入りを果たした。しかし、勝利におごった日本人は、現実を直視しなくなり、無謀な大東亜戦争に突き進んでしまった。
 こうした日本の近現代史を振り返ってみると、単一民族に近く、江戸時代の文化的蓄積があったにせよ、国民国家の形成は容易でないことが分かる。
 
 イラクへ主権移譲
 六月二十八日、イラクでは予定を前倒しして米英占領当局からの主権移譲が実行された。これからの課題は、イラク人が主役となり、いかにして国民国家をつくるか、国際社会がそれをいかに保護・支援するかにある。そこで最も重要なのは、国民国家としての国民意識の形成である。
 明治の日本では、五箇条の御誓文で民主主義をうたったが、実質的には、国民の間にあった、天皇への漠然とした尊敬心に頼るしかなかった。モデルとなる西洋列強のような国民宗教はなく、仏教は檀家制度で習俗のようになってしまっていたからだ。興味深いことに、天皇中心の祭政一致的な政治と、先に述べた国民のリアリズムがバランスをとり、成功への細い道をたどることができた。
 しかし、その危うさを肌で知っている明治の第一世代が一線を退き、第二世代が全権を持つようになると、矛盾が次第に表面化する。その象徴が、国民が政府不信をあらわにした、日比谷焼き討ち事件であろう。大衆レベルでの反逆を抑えるため、政府は天皇神聖化を強めるようになる。そして、リアリズムが失われていった。
 イラクの現状は部族国家というのが正確ではないか。国民精神としてのイスラームも、スンニー派とシーア派に分かれている。クルドなどの異民族も抱えている。ここで「自由と民主主義」が国民統合の旗印になるのか、誰もが疑問を持つ。
 一方、戦乱とテロにもてあそばれた国民が、安定した暮らしを求める気持ちは非常に強い。日々の仕事と家族の生活が何ものにも代え難いと思っている。そうした、変わらないものを渇望する人々にこそ、イラクの希望が見えるのではないか。
 
 イスラームは変わるか
 ここで注目したいのはイスラームの動向だ。山本七平さんは、イスラームに宗教改革が起こらなかったのは、生活の細部まで定められているから、と言っていた。それに半分納得しながらも、しかし、やはり現実が理念を変えるのではないかと思う。悪い方の例だが、イスラーム革命前、一九七八年に訪れたパーレビ時代のテヘランは、かなり自由だった。それをイスラームの理想を実現する形で取り込んでいくのが、宗教指導者には求められているのではないか。
 端的に言って、イスラーム社会でも民主主義は行われるべきだし、可能である。ムハンマドが啓示を受けた背景には、貧しい庶民を救いたいという思いがあった。目の前にいる人々の切実な思いに焦点を合わせれば、イスラームの新しい地平が開かれるのではないか。

クョスコニョ    [1] 
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