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  11月20号社説
 

支え合う地域づくりを

 今年の日本列島は天災に襲われ続けた。社説子が住む香川県さぬき市も例外ではない。いつもは高い四国山脈に守られて高知県などに比べ台風の被害は少ないのだが、今年は五人の死者を出した。山間の家が土砂崩れで埋まり、夫婦が生き埋めになった。途中の道も寸断されたため、消防団員の人たちは徒歩でたどり着き、遺体を掘り出したという。ある老人は、「八十年生きて初めてのこと」と嘆いていた。
 
 身近な人の支えが励み
 先日、山間に建てられた室内ゲートボール場が土砂で埋まったので、その撤去作業をしようというボランティアの呼び掛けが、公民館からあった。軽自動車にスコップと一輪車を積み、夫婦で行ってみると、数十人の親子連れと地元高校の野球部の生徒たちが作業をしていた。
 土砂の大半はブルドーザーで片付けられていたので、最後の掃除が私たちの役割だ。これには人手が要る。高校生は溝にたまった土砂をスコップですくい上げていた。人工芝のコートにも細かい砂が積もっているので、それを掃き出す。小さい子供や母親たちは、壁や窓にこびりついた泥をふき取っていた。散歩で通りかかった老人も、掃除を手伝う。地域のためにみんなが汗を流す、いい風景だった。
 休憩時間には子供が通っていた中学校の元校長の公民館長夫妻を囲み、学校の思い出話に花を咲かせた。懐かしい恩師や旧友の顔が浮かんで、楽しいひとときだった。京都と広島生まれの夫妻だが、いずれも父親の転勤で高松に来て、縁あって一緒になり、ここに根を下ろしたという。定年後も地域の教育に尽くす生き方がすがすがしかった。
 災害や不幸は人の世の常で、どんなに文明が進んでも、しょせんこの世は浮世(憂き世)である。そんな時、一番の励みになるのは身近な人たちの支えだ。身の不運を嘆く気持ちが強いと、ともすれば孤独に陥りがちになる。そんな時、人とのきずなが希望を与えてくれる。どん底の今をありがたいと思える気持ちになれば、そこから再出発できる。だから、一人でも孤独に陥らないよう、関心を持って周りを見回すことが大切だ。マザー・テレサが言ったように、「人間にとって一番の不幸は、誰からも関心を持たれないこと」なのだから。
 最近、学校をコミュニティースクールと位置づけて、地域で学校を支える、あるいは学校が拠点になって地域づくりを進める取り組みが増えている。共同体としての地域のつながりを回復するには、学校が中心になるのが最適だからだ。学校にはそのための施設も人もそろっている。地域住民や保護者が学校の運営にもかかわり、地域で子供たちを育てようとすることで、地域も活性化する。

 縦軸の発想を
 本紙としては、そうした拠点にお寺や神社などの宗教施設も挙げたい。なぜなら、十八世紀イギリスの保守主義の思想家で政治家のエドマンド・バークが言ったように、「国家は既に死んだ祖先、現在の私たち、そしてまだ見ぬ子孫、これら三者から成る」ものだからだ。地域を継続的に成り立たせるには、横軸の支え合いだけでなく、先祖を敬い、次の世代を育成するという、いわば縦軸の発想が重要になる。むしろ、縦軸への思いが、横軸の力を生み出すと言ってもいい。
 古来、日本人は先祖たちを身近に感じながら暮らしていた。その上に仏教が入ってきて、神仏習合の独特な宗教を形成した。これを日本の国民宗教と呼ぶ宗教学者もいる。伝統的な共同体には共通の宗教感情と儀礼があり、それが地域の力を支えていた。今の時代にそれをどう回復させるかが、宗教に問われているように思う。

クョスコニョ    [1] 
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