総計: 1453426  今日: 131  昨日: 157       Home Search SiteMap E-Mail
The Religion News
最新号案内
社説
天地
宗教新聞社講演会
お申し込み
宗教新聞に期待します
訂正記事
 社説平成26年 
 社説平成25年 
 社説平成24年 
 社説平成23年 
 社説平成22年 
 社説平成21年 
 社説平成20年 
 社説平成19年 
 社説平成18年 
 社説平成17年 
 社説平成16年 
  平成17年4月20日号社説
 

ローマ教皇は価値の基軸


 ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世の逝去を悼む論説が各紙に掲載されたが、読売新聞四月四日付社説にあった次のようなくだりに疑問を感じた。
 「同性間の結婚、人工妊娠中絶、聖職者の結婚には反対を続けた。後天性免疫不全症候群(AIDS)を予防するためのコンドーム使用にも反対した。こうした姿勢が、エイズ禍の拡大を食い止められず、結果的にカトリック離れを招いた、との批判を呼ぶことにもなった」
 こうした論調は、毎日新聞同日付の次のような記事と連動している。
 「イタリアの同性愛者団体は『法王は世界人口の約5%を占める同性愛者に扉を閉じた。これほど同性愛者嫌いの法王はいなかった』との追悼文を記した。英国の同性愛者で人権活動家は『コンドームの使用を禁じる法王の教えのために、途上国でいかに多くの人々がエイズで死んでいることか』と非難した」
 
愛の絶対基準を
 これらの主張は、まるで次の教皇が同性間の結婚やコンドーム使用を認めることを期待しているかのようである。しかし、それは教皇に対して価値の基軸であることをやめるようにと勧めるのに等しい。
 宗教間の対話や歴史的な誤りに対する謝罪、人権や環境、平和など社会的な問題に関心が高く、柔軟に対応したヨハネ・パウロ二世が、こと愛と性については極めて頑固であり続けたのは、それが価値の核心であるからだろう。そこを妥協し、譲ってしまえば、やがて人間としての尊厳を失ってしまうからである。
 教皇が価値の基軸として厳然と立っているからこそ、私たちは道を外れてもそこに戻ることができる。基軸が揺らぐと、道を外れたことすら分からなくなってしまう。同性間の結婚を認めよとの主張は、そうなれということにほかならない。
 コンドーム使用についても、エイズなど性感染症の予防には、むしろマイナスであることが、九〇年代以降の米国の経験で明らかになってきた。従来の、コンドームやピルの使用を勧める性教育「セーフ・セックス教育」から、結婚までセックスを控える「自己抑制教育」への転換がなされて大きな成果を上げている。
 アフリカのウガンダでも、キリスト教会が中心になって道徳的な自己抑制教育を進めた結果、エイズ感染者率を30%から5・5%へと激減させることに成功した。つまり、いずれも人間としての道徳性を回復させることで、エイズ感染を防いだのである。
 有限で相対的な存在である人間が永遠性や絶対性を感じるのは、その愛においてである。愛において私たちは創造主、宇宙の根源につながっているからともいえよう。それ故、愛は絶対でなければならない。その基準がずれると、人は神との関係を見失ってしまうからである。
 保守主義の思想を確立したとされる十八世紀イギリスの政治家にして思想家のエドマンド・バークは、「国家は現在だけでなく、過去と未来を含めた三世代の国民から構成される」とする。平たく言えば、親から授かった命を子供へと受け渡していく、生命の連続性を重んじる思想である。
 
悪魔の誘惑
 そうした縦軸がしっかりしている国や社会、家庭、個人は、様々な困難があっても、それを乗り越えて行くことができる。今の日本や世界は、その縦軸が弱くなっているのではないか。だからと言って、縦軸の中の縦軸である教皇に、自分たちのように弱くなれと言うのは、明らかに「悪魔の誘惑」であろう。

クョスコニョ    [1] 
 前のテキスト: 平成17年5月5日号社説
 次のテキスト: 平成17年4月5日号社説
 -宗教新聞社- The Religion News Copyright (C) 2004 All rights reserved.