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  平成17年7月5日号社説
 

ジェンダーフリーのうそ

 過激なフェミニストらがジェンダーフリーの根拠としていた、米国の急進的な性科学の誤りが明らかになった。近刊のノンフィクション『ブレンダと呼ばれた少年』(ジョン・コラピント著、村井智之訳、扶桑社)は一人の恟ュ年揩フ生涯をたどりながら、米国における性医学の混乱と、そこからの脱却を描いている。もっとも、日本は「ジェンダーフリー」という言葉が教科書に登場するように、いまだ混乱の中にある。
 
性は「氏より育ち」?
 一九六五年、米国に隣接するカナダ中西部のマニトバ州の州都ウィニペグで双子の兄弟ブライアンとブルースが生まれた。ブルースは生後八カ月の時、包皮切除手術の失敗でペニスを焼かれてしまう。
 両親は当時、性科学の世界的権威だったジョンズ・ホプキンス大学のジョン・マネー博士に相談する。「性は生物学的に決まるのではなく、環境によってつくられる」という考えのマネーは両親に性転換手術を受けさせるよう勧めた。
 手術を受けたブルースの名前を、両親はブレンダと変えた。やがて、マネー博士の発表により、「双子の症例」として知られるようになる。性は「氏より育ち」という彼の理論の有力な証拠としてだ。
 しかし、実際のブレンダは女の子より男の子と遊ぶのが好きで、言葉も行動も乱暴だった。「みんながおまえは女の子だって言うんだが、おれは自分のことを女の子だとは感じられなかったんだ」と、後にインタビューした著者に語っている。ところが、定期的にマネー博士のカウンセリングを受け、ホルモン療法を施されたので、ブレンダはますます混乱するようになる。
 「双子の症例」に疑問を持った医師や心理学者もいた。性がはっきり分かれている場合、その性の通りに育てたほうが混乱が少なかったからだ。ところが、そうした反論は学界やジャーナリズムで無視された。六〇〜七〇年代の米医学界ではマネーは権威的な存在で、メディアにも数多く登場していたためだという。
 十四歳になったブレンダは両親から初めて真相を知らされ、別の医師の下で男の子に戻る決意をする。人工ペニスを付け、名前もデイヴィッドと変えた。旧約聖書で巨人ゴリアテと闘った英雄ダビデである。そして、二十五歳で三人の子持ちの女性と結婚し、傍目にも幸せな結婚生活を送っていたという。しかし、二〇〇四年五月、彼は自殺してしまう。そこからも、彼の受けた心の傷の深さが思い知られよう。
 
フロイトの呪縛
 マネーの理論はフロイトに始まる性至上主義の心理学に根ざし、さらに反体制としての性の解放の影響を受けていた。ジェンダーフリーはクリスチーヌ・デルファイというフランスのマルクス主義フェミニズムの学者が提唱した考えで、それが米国を経由して日本にも輸入された。
 例えば、ある高校家庭科の教科書には、「生物学的性差について明らかなことは、妊娠の可能性を女性は持つが男性は持たないということだけである。『男らしい』『女らしい』と表現されるその他の性的差異のほとんどは、文化的につくられたものと考えられる」と書かれている。
 そこで学校では、性差をなくすことが男女平等になるとの考えから、男女混合名簿や男子も名前を「さん」づけで呼ぶなど、あらゆる場面での男女混合を進めている。中には、男女が同室で着替えたり、修学旅行で同室に泊まったりする例も報告されている。
 二十世紀はマルクスとフロイトの思想に影響され、社会や家庭の解体が進んだ世紀といえよう。その行き着く先は、ばらばらの砂粒のような個人主義の社会である。二十一世紀の課題の一つは、私たちが共同体としての連帯感を取り戻すことにある。そのためにも、マルクスとフロイトの呪縛から抜け出さなければならない。

クョスコニョ    [1] 
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