子供が育つ環境づくり
いじめが原因と思われる子供の自殺が相次いだ。自殺報道があると連鎖的に自殺が起こる。元小学校長でカウンセラーの松田勝(まさる)さんは、子供が仕返しができると思うからだという。自分の力では仕返しができないが、報道によって、いじめた子やいじめをやめさせなかった教師や学校が批判されると、それで仕返しができると思うのだ。何とも寒々しい風景が今の日本に広がっている。
放課後の学校開放 いじめによる自殺が起こると、文部科学省は担当官を派遣して実態を調査し、それに基づく指示を都道府県の教育委員会に出す。教育委員会は、市町村の教育委員会の担当や校長に指示する。いずれも、それで仕事は終わったとなる。松田さんは「それらはいわばセレモニーで、現場の子供たちの状況は何も変わっていない。誰も本気で解決しようとしてない状態が続いているのが、ここ二十年来の日本の教育界の実態だ」と厳しい。 松田さんは県の教育委員会にいた時、河合隼雄さんなどからカウンセリングの訓練を受け、赴任した小学校で母親の会や父親の会、祖父母の会もつくった。近くの学校でいじめがあったのがきっかけ。保護者の声を聞いたところ、いろいろ子育ての不安を抱えていたので、それを支援するためだ。 都会でも地方でも、若い母親が孤独な状態で子育てしている状況は同じ。三世代同居だと、子供は親に加えて祖父母にも気を遣うので余計にストレスが溜まることもある。松田さんは、学校での子供たちの様子を積極的に保護者に伝えるとともに、子育ての勉強会を重ねた。保護者同士が体験を交換することで、それぞれが抱えていた子育ての不安が減っていったという。 少子化で兄弟の数が減り、地域で一緒に遊ぶこともなく、テレビやゲームなどの一人遊びが増えたことも、子供が育つ環境を変えた。大人との付き合いには慣れているが、子供同士の関係づくりが苦手になったのだ。 そこで松田さんは、放課後の校庭を二時間ほど、子供たちに開放することにした。年齢の異なった子供たちが一緒に遊ぶことで、子供同士の付き合い方を体験的に学習していく。子供は未熟なだけに残酷な側面もあり、いじめも起こる。要は、いじめが起こったときにどう対応するか、その知恵と技術が有るか無いかだろう。そうした子供社会での振舞い方は、子供自身が体験を通して獲得していくしかない。 国立教育政策研究所生徒指導研究センター総括研究官の滝充(みつる)さんが進めている「ピア・サポート」も同様の考え方だ。ピアとは仲間のこと。学校の中で、上級生が下級生を助けるような関係をつくり、その中で子供たちが自主的に育つようにする。昔なら地域に自然にあったものを、学校で意図的につくろうとするものだ。「子供が育つ環境づくりは、そのための設備があり、スタッフがそろっている学校が核になって行うのが最も適している。家庭や地域に期待しても、難しい」と滝さんは言う。 松田さんも同じ考えだ。ところが、子供たちは元気になり、効果が出ることは分かっているのに、同じ取り組みをする学校は出て来ず、教育委員会も協力的でなかったという。学校で遊ばせて事故が起こると責任問題になるからだ。そんな大人の保身が、子供の育つ環境をどんどん減らしている。
引きこもりの支援 松田さんは小学校長を定年退職した後、引きこもりや不登校児を支援する農園を保護者らと立ち上げた。土を相手に野菜を作り、販売することで人間関係を学び直し、学校復帰や就業につなげるためだ。農地を借り、農家の指導を受けながら、入れ替わり十人ほどの若者が、十二種類の野菜を作っている。自立が目的なので作業はゆっくりしたもの。販売価格もスーパーより安く設定している。 耕作機械などは退職金でそろえた。家族はお金や健康のことを心配したが、「誰かがやらないといけないのなら、自分がやる」と思って始めたという。宗教家にも同じような姿勢が必要なのではないか。
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