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平成20年6月5日号社説 |
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都市化と宗教問う村上作品
村上春樹氏の新作『1Q84』(上下)が既に七十七万部(六月三日)を超え、ミリオンセラーは確実と見られている。読後感から言えば、物語は完結しておらず、上下ではなくBOOK1・2となっているので、続編があるように思える。文芸評論家の松本健一氏によると、村上氏は日本初の本格的な都市小説家で、今回は都市と宗教との関わりがテーマ。同氏のオウム事件の被害者や関係者へのインタビュー集『アンダーグラウンド』を踏まえた小説とも言えよう。 卵と壁 小説は「青豆」という不思議な姓の三十前の女性と、彼女と小学校の同級で、十歳の時に手を握られたことのある「天吾」という小説家志望の予備校教師との、二つの物語が並行して展開する。青豆はキリスト教原理主義的な新興宗教の母に連れられ訪問伝道をしていて、NHKの集金人だった父に連れられ、日曜日に戸別訪問していた天吾と何度か顔を合わせている。特別な家庭環境からクラスで孤立していた二人は、引かれ合うようになったが、青豆の転校で関係は途絶えた。 その後、青豆は両親から離れ、大学を出てスポーツジムのインストラクターに、天吾も父の元を去り、数学の研究者として大学に残る道もあったが、より自由な生き方を求めて予備校教師となり、独身貴族的な生き方をしている。青豆は虐待を受けた女性をケアする活動をしている老婦人から許せない男を消す仕事を、天吾は十七歳の天才少女、ふかえりの小説のリライトを編集者から頼まれたことで、危険な道に足を踏み込んでしまう。 ふかえりの父は学生運動の元活動家で、その後、自然農法の活動に転じ、最近、山梨に広大な農地を持つ宗教法人「さきがけ」となったが、なぜか行方不明に。ふかえりはそこから逃げ出し、父の親友の元学者を頼った。ふかえりに小説を応募させたのはその学者で、社会の話題にすることで彼女の父を捜すのが目的だった。 さきがけの絶対的な指導者から性的虐待を受けた少女を老婦人が保護したことから、青豆は彼の殺害を依頼される。ふかえりの小説が新人賞を取り、ベストセラーとなったことで天吾は引き返せなくなり、身の回りに危険が迫る。そうした中、二人は互いに会いたい気持ちが募り、ついに青豆は隠れ家から近くの公園にいる天吾を見つけてしまう。 小説の背景について著者は、「僕が今、一番恐ろしいと思うのは特定の主義主張による『精神的な囲い込み』のようなものです。多くの人は枠組みが必要で、それがなくなってしまうと耐えられない」と毎日新聞五月十二日付のインタビューで語っている。また、「高く堅固な壁と卵があって、卵は壁にぶつかり割れる。そんな時に私は常に卵の側に立つ」とのフレーズが報道されたエルサレムでの二月十九日の講演では、「私たちはそれぞれ、多かれ少なかれ、卵です。……そして私たちそれぞれが、多少の違いはあれど、高く固い壁に直面しています。壁には名前があります。それはシステムです。システムはもともと、私たちを護るべきものですが、ときにはそれ自身がいのちを帯びて、私たちを殺したり殺し合うようしむけます」と語っている。 高等宗教の多くが都市で発達したように、それはより複雑になった社会での生き方を探るものであった。最初は一つのアイデアにすぎなかったが、やがて世俗的な組織を有するシステムとなる。すると、その組織を維持することが目的になり、個人を生かそうとした初心から離れてしまう危険性をはらむ。 自由と個人の尊厳 ジャック・アタリ氏はヨーロッパでベストセラーとなた『21世紀の歴史』で、人間が求めてきた最大の価値は自由と個人の尊厳だと言う。宗教は内面の自由を求めて人々に受け入れられてきた。それが逆に自由を束縛する危険を、村上作品は指摘している。 同作は、共同体を失った都会人の危機と読むこともできよう。自由でおしゃれな生活描写が村上作品の魅力の一つだが、じつはその裏に誰もが深刻な孤独を抱えている。限界集落は過疎地だけでなく都心も侵食していることを忘れてはならない。
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