チェンジの中身が問われる
今年の流行語大賞が「政権交代」であったように、約五十年ぶりに本格的な政権交代が行われた日本だが、経済は不況を脱出できず、沖縄の米軍普天間基地の移設をめぐって日米関係に懸念が生じ、鳩山政権の行く手に暗雲が垂れ込め始めている。米国で「チェンジ」を掲げて一月に発足したオバマ政権も、アフガニスタンでの対テロ戦争の行き詰まりや失業の増大で支持率が急降下した。日米とも、旧政権に嫌気が差した国民はチェンジを望んだのだが、今その中身が問われようとしている。
成功に安住しない 「鳩山デフレ」という言葉が聞かれるような時代に、独り勝ちと言われるほどの業績を維持しているのがアパレル小売業のユニクロを擁するファーストリテイリングである。柳井正同社会長兼社長の近著『成功は一日で捨て去れ』は、グローバル時代の組織の生き方として興味深い。 同社の理念は「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」で、よい衣類を安く作り、販売することで人々の価値観を変え、社会まで変えていこうというものだ。企業理念の「私たちの価値観」に「お客様の立場に立脚」を掲げたのは小売業として当然だとしても、「正しさへのこだわり」や、「私の行動規範」として「高い倫理観を持った地球市民として行動します」とあるのに感心する。そして、二〇二〇年に売り上げ五兆円、経常利益一兆円の世界トップの小売業となるため、社員全員が志を持つ経営者となることを求めている。 まるで宗教のようだが、著者自身「事業というのは、1つの考え方に基づき集まった人々が、それを実現するために仕事をしていく(行動を起こす)という点で宗教に似ていると思う」と言う。これからの新規採用では二人に一人は外国人という多様な人たちをまとめるには、価値観が重要になるからだ。トップが超高齢化し、時代に取り残されがちな宗教界こそ、ユニクロを見習うべきではないか。 かつて、フリースが売れなくなったり海外進出に失敗したりして、何度も危機がささやかれたが、本当の危機はむしろ成功しているときにあるという。危機感が薄れ、怠惰な日常の繰り返しになってしまうからだ。だから「成功は一日で捨て去れ」と言う。 「最近痛感しているのは、不振事業の根本はすべて同じだということです。まず経営者自身がその日暮しで、経営者、社員ともに覇気が無く毎日の仕事が惰性に流れ、悪いのは他人や他部署だというネガティブ思考に陥っています。つまり、志、すなわち自分の事業や仕事に対する理想が無い状態です」という厳しい言葉に胸を突かれる人が多いのではないだろうか。 著者が尊敬しているのは松下幸之助とピーター・ドラッカーで、いずれも顧客中心主義を唱えた。会社は、社員でも、株主でもなく、お客様のためにあるとする。その考えが、単に儲けるためだけでなく、「生きる道」となっているのが興味深い。そこに、文化を道として深めてきた日本の伝統を発見するからだ。だから、製造から販売まで一貫して手がけ、「情報発信製造小売業」という事業コンセプトを実現しようとしている。 世界一の小売業になるには経営者育成が急務だとして、大きな資金を投じて日本をはじめ米国、中国などの大学と組み、幹部二百人の教育体制を作っている。 私たち自身への問い 釈迦やイエス・キリストなど宗教の創始者たちは、いずれも当時の社会の変革者であった。既成の価値や仕組みに依存し、人間の自由な創造性が発揮されない組織や社会に限界を感じ、改革を志したのが始まりだった。しかし、宗教が権威となり、一定の安定を得てしまうと急速に保守化して、みずみずしい創造性を失ってしまう。創始者の高い理想や志を、新鮮なまま維持し、次の世代に継承させていくことが最大の課題だろう。 来年は日本でも米国でもチェンジの中身が問われる年となる。豊かな生活に慣れた国民は、それほど我慢強くないからだ。しかし、同じ問いは私たち自身にも向けられていることを忘れてはならない。
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