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社説
  平成22年9月20日号
   

アジア近代化と宗教の関わり
日本宗教学会学術大会公開シンポ
インド、中国、朝鮮、日本めぐり

 

 

「アジアの近代化と宗教」を論じ合ったシンポジウム=9月3日、
東京・文京区の東洋大学

 

 

日本宗教学会(島薗進会長)の第六十九回学術大会公開シンポジウムが九月三日、東京・文京区の東洋大学井上円了ホールで、「アジアの近代化と宗教」をテーマに開かれた。四人の発題者がそれぞれ、インド、中国、朝鮮、日本における近代化と宗教のかかわりについて発表し、その後ディスカッションがあった。同大会は続いて四、五の二日間開かれ、同大学内の会場で研究発表が行われた。以下、公開シンポの概要。
 最初に臼田雅之東海大学特任教授が「近代インドの宗教状況―ブラフモ・サマージを中心に―」と題して発表した。
 ブラフモ・サマージは一八二八年にラームモーハン・ローイが運動を始め、四三年にタゴールの父デーベンドラナート・タゴールが宗派として立ち上げたヒンドゥー教の改革的宗派である。ブラフモ・サマージは近代日本におけるキリスト教と同じような役割を果たし、エリート層に大きな影響を及ぼした。
 高位のバラモン出身のローイはイスラームの影響から、ヒンドゥー教における唯一神信仰を見いだし、偶像崇拝や迷信的な儀礼・慣習を排除して、合理主義的な信仰の在り方を提示していた。それはキリスト教との接触以前のことである。そのため、インドに入ってきたキリスト教の中では、啓蒙的なユニテリアンと共感し、近世的な東インド会社による植民地支配を批判して、産業革命に基づく自由貿易を支持している。
 次に陳継東武蔵野大学教授が、「求められた『宗教』―中国の近代化と仏教―』と題して発表。
 清朝末期の中国仏教は遅れた過去の宗教と見なされていたが、知識人の間で一八九〇年代から、仏教は近代国家の形成に欠かせない宗教だと認識されるようになった。それは、国民を結束させる役割、つまりナショナリズムとして、また自立的な個人を形成するためのツールとしてであった。
 さらに、東洋を文明と認めない西洋偏重の国際秩序に対し、梁啓超(りょうけいちょう)や章炳麟(しょうへいりん)らは仏教を再評価することで対抗した。
 続いて趙景達千葉大学教授が「朝鮮の近代化と宗教―東学=天道教の歴史から―」と題し発表した。
 東学は西学(西洋の学)に対抗して一八六〇年代に朝鮮に興った民族宗教で、日清戦争の発端となった九四年の甲午農民戦争(東学党の乱)で指導的役割を果たしたことから大きく変身し、その後、天道教として近代的宗教に生まれ変わり、支配を強める日本への抵抗運動と共に発展していった。
 しかし、その後、日本の植民地支配を認める派と認めない派とに分裂し、親日派が勢力を強めたことで、民族運動からは背理するようになり、宗教としても衰退していった。
 近年の韓国では東学の歴史を民族のナショナリズム、独立運動の歴史として再評価する動きが強いが、事実として少し外れているように思える。
 最後に菊地章太東京大学教授が「寺院なくして信仰は成り立つか
・・・・

 

以降は新聞をご覧ください

 

シンポ「葬儀は誰の為に?」
お布施をめぐり討論
全日本仏教会



お布施をめぐり活発な討論が行われた
全日仏のシンポジウム=9月13日、東京・秋葉原の会場

 

全日本仏教会(全日仏、河野太通会長)が主催するシンポジウム「葬儀は誰の為に行うのか?〜お布施をめぐる問題を考える〜」が九月十三日、東京・秋葉原の会場で開かれ、約三百五十人の僧侶や檀信徒、一般市民らが参加した。
 最初に、コーディネーターの戸松義晴全日仏事務総長(浄土宗心光院住職)が「仏教の修行の一つとして、慈しみの心で人に尽くすのが布施で、物を施す財施と仏の教えを説く法施、人に寄り添い不安を除く無畏施の三種がある。葬儀も布施の一つで、地域共同体における寺と檀家との信頼に基づいて行われてきた。しかし、近代化に伴い、共同体が失われ、寺と檀家との関係が薄れ、葬儀の伝統の継承が難しくなり、葬儀も宗教的なサービス、布施はその対価としてとらえられるようになった。そこで、お布施をめぐる問題を通して、寺や僧侶の在り方、檀信徒との関係、菩提寺を持たない人への対応を考えたい」と趣旨を述べた。
 次に、石田佳宏大和総研主任研究員が、二〇四〇年までは葬儀が増え続けるが、葬儀に宗教性を求めない人も増え、〇六年から葬儀費はデフレ傾向にあることを示し、子供の頃からの宗教教育が必要だと語った。
 続いて、『大相撲の経済学』『お寺の経済学』(ちくま文庫)の著書があり、日本相撲協会ガバナンスの整備に関する独立委員会副座長も務める中島隆信慶応大学商学部教授が、寺と檀家との信頼喪失を招いたのは、寺が宗教の「賢い消費者」を育成してこなかったからで、今後は、宗教法人法の改革に伴い、収益事業の線引きが厳密になり、宗教法人格を失う寺が続出する。それを防ぐには「寺ではなく仏教そのものを伝える努力をすべきだ」と警告した。
 雑誌「SOGI」編集長で最近の葬送事情に詳しい碑文谷創氏は、僧侶は法施で檀家に、檀家は財施で僧侶に尽くすことで地域社会の寺が成り立っていたが、近年、その関係が崩れ、檀家が消費者化している、と現状を分析した。その上で、「お布施を明瞭化していくのはビジネスであり、宗教行為ではない」とし、儀礼ではなく葬儀の本質である、死の受容のプロセスを重視すべきだ、と語った。
 最後に、臨済宗福聚寺住職で芥川賞作家の玄侑宗久師は、お布施はシステム化、データ化を拒否するものであり、生身の人間に向き合う寺と檀家との信頼関係の中で行われるべきもの、として宗教サービスとして葬儀をとらえることに違和感を示した。そうした傾向を支持する都市部の宗教浮動層があることは仕方ないとしながら、多くの僧たちは檀家との信頼を深めていくべきだと述べた。
 フロアからの質問を含めたパネルディスカッションでは、葬儀をサービスとしてとらえ、そこから寺の改革を主張する石田氏と中島氏に対し、宗教的な意味を強調する碑文谷氏と玄侑師が反論を加える形で討論が進んだ。
 障害のある子供を持ったことから仏教の「小欲知足」に目覚めたという中島氏が、
・・・

 

以降は新聞をご覧ください

 

<2面>

  • 9・11同時多発テロ9周年
    イスラム教めぐる亀裂深刻に
    アメリカ

  • ユダヤ教ラビがイスラム教批判
    直接交渉の進展を警戒か
    イスラエル

 

<3面>

  • モンゴルで抑留者慰霊祭
    戦後65年、神道式では初
    モンゴル仏教からも参加

 

<4面>

  • 第12回ゆめ観音アジアフェスタ
    慈悲の原点に返り平和実現を

  • 白山信仰の流れと観音の里
    浅井三姉妹が生まれた北近

<5面>

  • 浅井氏3代の法要・講演会
    長政らの業績を顕彰
    長浜市・徳勝寺

  • 埼玉県各流讃佛歌奉詠大会
    4流派62講がのど競う
    埼玉県佛教会

 

<6面>

  • 映画・「君が踊る、夏」
    よさこい祭りが生んだ実話
クョスコニョ    [1] 
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