チベットに信教の自由を
中国全国人民代表大会(全人代)で三月十四日、新しい国家主席に選出された共産党の習近平総書記が同大会で強調していたのは「中華民族の偉大なる復興」で、そのために「海洋強国」を目指すとして、軍事拡大とりわけ海軍力の増強を進めようとしている。 また、沖縄県・尖閣諸島周辺で活動する「海監」「漁政」などの中国公船や航空機の運用を国家海洋局に統合し、警察権を与えることが決まった。これによって中国の監視船が、尖閣諸島周辺で操業している日本漁船を、中国国内法に基づいて拿捕することが可能になる。日本政府には早急な対応が求められ、領海法の制定にも踏み切るべきだろう。 経済、軍事面で勢いのある中国が抱える深刻な問題の一つが、少数民族に対する人権弾圧である。三月十日はチベットのダライ・ラマ法王十四世が一九五九年、インドに亡命した日として、世界各地でチベットの実情を訴える集会やデモなどがあった。
ダライ・ラマ法王の発言 大阪での集会で配られた資料に、ダライ・ラマ法王が一月七日、インド・ニューデリーのテレビ局NDTVの番組「ユア・コール」に出演した際の、インタビューに答える発言の要約があった。そこに、法王の基本的な考えが分かりやすく述べられているので、紹介しよう。 中国の習近平政権に対しては、「語るのはまだ早すぎる」としながら、「自国の利益を考えるなら、中国はもっと現実的なアプローチをとらなければならない。武力行使は時代遅れで、さらなる暴力、抑圧、憤怒が不可避的に生まれてしまう。チベット問題やモンゴル問題などの少数民族問題も、より現実的なアプローチを取り、平等な条件に基づいていくことになると思う」と答えている。 近い将来、チベットが独立する日が来るのかの問いには、「試しに、私たちに新しいタイプの、真の共同体をつくらせてみてほしい」と、中国政府に求めるのは独立ではなく高度な自治であるという従来の主張を明確にしている。いわゆる中道政策で、それを支持する知識層が中国でも確実に増えているという。つまり、中国人にも支持される自治のあり方を求めているということだろう。 その精神として挙げているのが、個々の利より共同の利を大切にするEU(欧州連合)である。もっとも、独立問題は微妙なので、政治的権限を譲ったとはいえ、チベット人に大きな影響力のある法王は、発言を慎重にしているのであろう。 チベット僧らの焼身抗議者が百人を超え、中国政府が法王やチベット仏教高僧の示唆によるものだと非難していることについては、「中国側も必死になりつつあるということだろう」と語った上で、「国民に事実を知らせ、良し悪しの判断は国民に任せるべきだ。第二に、中国の司法システムを国際的なレベルに引き上げるべきで、そうすれば、非常に多くの中国の貧しい人々が何らかの保護を得られるようになる」と答えている。 チベット僧らが教えにはない焼身抗議をするのは、寺で仏教を学び教えるという信教の自由が保障されていないからであろう。少数民族に対する人権弾圧や漢民族との結婚による民族の消滅政策は、ウイグル自治区や内モンゴルでも行われている。さらに、経済成長の恩恵にあずかれない大多数の貧困層の人権も、守られていないのである。こうしたことから、法王はチベット僧らの焼身抗議は、中国国内の人権にかかわる政治問題だとし、責任は法王ではなく中国政府にあるとするのである。
他者を利する人生を 人生における成功とは何かの問いに、法王は「意義ある人生とは、私たちが社会的な生きものであってのことだ」として、「少なくとも、他者を利するために人生を使うことで、人生すべてを他者のウエルビーイングのために捧げることが自分の人生を充足させることになると考えている」と答えている。 精神的な価値の高さを説きながら、実践では現実的な法王の姿勢に学ばされることが多い。チベット人の自由は中国人の自由でもあり、中国知識層との連携をも模索しながら、粘り強い取り組みが求められている。
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