積極的平和主義に心の転換を
一月二十二日、ダボス会議での基調講演で安倍晋三首相は、「日本に来たのは、黄昏ではなかった。新しい、夜明けでした」と語りかけた。首相に就任する前は、日本は黄昏の国で、成長の可能性などないと悲観的に語られるのが常だったが、就任後わずかな期間で経済成長率はマイナスからプラスに転じ、今ではあと六年で東京に五輪パラリンピックが開かれることが人々の心を明るくしている、と。 リーダーの資質の第一は明るさであろう。安倍首相の場合、二度と立ち上がれないほどの挫折を乗り越えた明るさであるからこそ、しなやかな強さを感じる。こんな良きリーダーに恵まれた時代に、日本全体が生まれ変わる必要がある。
今を大切に生きる 民主党政権が混迷の度を深めていた最中、日本は東日本大震災に襲われた。安倍首相は、「あのとき、世界が寄せてくれた愛情に、日本人は心から慰められました」と感謝の言葉を述べた上で、「あの辛いさなか、いまだかつてない悲劇に見舞われた人たちは、互いに助け合い、涙をこらえて、苦境を乗り越えようとした。そこには、万人をうつ、気高い精神がありました」と語った。 危機に臨んで人は目覚めることがある。絶望に対峙することで、自分とは何か、どう生きればいいのかという根源的な問いを発するからであろう。そして首相は、「この相互に助け合う精神をもって、日本はいま、世界の平和に対し、これまで以上に、積極的貢献をなす国になろうとしています」と訴えた。 憲法の制約や近隣諸国の警戒を少しずつ乗り越え、日本は経済支援から人的支援もできるよう、地道に国際貢献の道を開いてきた。日本人が現地の様々な課題にかかわることにより、ハードの支援からソフトの支援へと、その質が高まっている。少し飛躍して言うと、日本を一つのモデルにした、民族や宗教、文化などいろいろな違いを超えて、人々が平等に協力して暮らす社会の実現である。 そのために必要な第一が経済成長であることは、論を待たない。そこで首相は、世界の成長エンジンであるアジア太平洋地域の平和を強調する。「アジアの成長の果実は、軍備拡張に浪費されるのではなく、さらなる経済成長を可能にする、イノベーションや、人材育成にこそ、投資されるべきです」と。これが中国を念頭に置いていることは、誰でも理解できよう。 最後に、「日本は、不戦の誓いを立てた国です。世界の恒久平和を願い続ける国です」と呼び掛けたのは、昨年暮れの靖国神社参拝の真意を、世界の指導層に確認するためであろう。どの国の歴史にも光と影はあるもので、過去にこだわるより今の光を大事に育てることに重点を移すほうが賢明である。 神道も仏教も「今を大切に生きる」ことを教えている。神道で言う中今は、永遠の過去と未来が今に凝縮しているという、一つの歴史観である。釈迦は、過去と未来にとらわれず、今に全力を尽くすよう諭している。そうすることで平常心になり、いつもの力を発揮することができる。禅では「平常心是道」と言う。 さらに、命は生きるものではなく、生かされているものという感覚がある。命は親から子、孫へとバトンタッチされていくものである。それは、亡くなっても近くの山に留まり、やがて子孫を見守るか神になるという古来からの他界観に通じる。そうした大きな安心があれば、明日の不安があっても、今を誠実に生きられるのである。
覚悟を固める 平和の実現に経済成長は不可欠だが、一方で、それが格差をもたらし、個々人の不幸感を増やすことは避けられない。人生の危機はどんな人にもあるものだが、人間は自分の危機には敏感でも、人の危機には鈍感だからである。 安倍首相は雌伏の時代、坐禅で覚悟を固めたという。宗教の役割の一つは、人を根源的な問いに立ち帰らせることであろう。国の在り方を転換しようという今、国民一人ひとりに心の転換が求められている。
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