総計: 1052835  今日: 210  昨日: 337       Home Search SiteMap E-Mail
The Religion News
最新号案内
社説
天地
宗教新聞社講演会
お申し込み
宗教新聞に期待します
訂正記事
 平成26年案内 
 平成25年案内 
 平成24年案内 
 平成23年案内 
 平成22年案内 
 平成21年案内 
 平成20年案内 
 平成19年案内 
 平成18年案内 
 平成17年案内 
 平成16年案内 
 バックナンバ
社説
  平成25年10月20日号
   

最期まで明るく前向きに
心と命のフォーラム「生きる作法・死ぬ作法」
「生きるという事…死んでたまるか!」
善通寺

 

 

善通寺で開かれたフォーラム。左から、樫原禅澄、大村崑、山折哲雄、瑞田信弘の各氏=10月11日

 

 香川県善通寺市にある真言宗善通寺派総本山の善通寺で十月十一日、第七回心と命のフォーラム「生きる作法・死ぬ作法」が「生きるという事…死んでたまるか!」をテーマに開かれた。宗教学者の山折哲雄氏を囲み喜劇役者の大村崑氏、善通寺の樫原禅澄管長、浄土真宗本願寺派称讃寺の瑞田信弘住職が、それぞれ持論を語り合った。自分らしい生き方、死に方を元気なうちから考えておこうというフォーラムに、約五百人の聴衆が耳を傾けた。

 元気で長生きする生き方について樫原管長は、物事にこだわらずくよくよしない、腹八分目、体をよく動かす、思ったことは何でも話す、友達付き合いを大事にする、規則正しい生活などを挙げ、映画評論家の淀川長治氏が病室のドアに「にこにこしながら入ってくること」という注意書きを書いて、最期まで明るく生きていたことを紹介した。
 大村氏は、休むことが許されない役者なので人一倍健康管理をしていることが長生きにつながっているとし、倒れない体にする、早めに病院で診察を受け予防することが大事だと話した。戦後、肺結核になった大村氏は、片肺をなくし、主治医から空気のいい田舎の公務員になることを勧められたが、それに反して芸能界に入り、「死んでしまうぞ」と叱られたという。その警告を心に留め、月に一度は病院に行っている。芸能界では病院嫌いで早死にする人が多いからだ。また、八十二歳になっても若々しいのは、誰にも負けないという気持ちが強いこと、寡黙の父は早死にしたが、おしゃべりの母は八十八歳まで生き、その血を受けて自分もおしゃべり好きなのがいいのだろう、と話した。
 『美空ひばりと日本人』の著書がある山折氏は、高知県大豊町にあるひばりの遺影碑と歌碑を紹介した。九歳でデビューしたひばりが昭和二十二年、巡業の途中に大豊町でバス事故に遭い九死に一生を得た。その後、町内にある国の特別天然記念物の日本一の大杉に「日本一の歌手になれるように」と願をかけたのが、日本一のスターへの出発点となったという。近年、四国八十八カ所霊場を回っている山折氏は、霊場巡りの折に日本一の大杉とひばりの歌碑を訪ね、そこから流れるひばりの歌「龍馬残影」を聞いてほしいと語った。
 瑞田住職は、最近は終活が話題になり、エンディングノートに葬式のことを書いたり、遺産分けを遺言に記す人が増えてきたが、遺族の意向で必ずしもその通り行われないことが多い。元気なうちに周りの家族とよく話し合い、納得し合っておくことが重要だと語った。
 司会から明るく生きる方法について聞かれ、樫原管長は「きんさんぎんさんの語録」から、「よく笑い、よくしゃべる、感謝する、悲しいことは考えない、意欲を持つ、散歩を日課に」などを紹介し、ストレス解消に秘訣があるのではないかと語った。
 大村氏が、きんさんぎんさんと番組の司会で、「きょうのギャラはどうしますか」と聞いたら、「老後のために貯めます」と答えたと言うと、会場は大爆笑。明るさを保つには、いつも目標を持ち、それに向かって前向きに生きることだと語った。
 山折氏は、四国にはタヌキ伝説が多いことに触れ、
・・・

京都霊山護国神社の秋
11月15日に「龍馬祭」


東山を背景にした霊山護国神社の本殿


  京都霊山(りょうぜん)護国神社(同市東山区)は、祇園界隈から清水寺にいたる観光コースの一角、東山の山麓に鎮座しており、全国の護国神社の中で最も自然環境と歴史性に恵まれていると言えよう。
 緑豊かな山並みに連なる霊山は幕末時、尊皇攘夷運動や倒幕活動の中で落命した志士たちの葬送の地となり、慶応三年(一八六七)、四条河原町の近江屋で同志の中岡慎太郎とともに暗殺された坂本龍馬も、神道形式の葬儀を経てこの地に埋葬された。
 京都霊山護国神社は、明治維新を目前に倒れた彼らの霊を祀るため明治元年(一八六八)、明治天皇の勅旨により霊山官祭招魂社として創建された。わが国初の招魂社で、昭和十四年(一九三九)に内務大臣の指示により現在の名称に改められた。
 嘉永六年(一八五三)以降の幕末殉難者をはじめ、日清・日露両戦争、満州事変、大東亜戦争の戦没英霊七万三千十一柱を合祀している。
 背後の山腹の墓地には龍馬と中岡、木戸孝允(桂小五郎)らの墓や、幕末の騒乱から戊辰戦争までの間に死没したおびただしい数の志士たちの墓標が林立しており、粛然たる思いにさせられる。
 同神社や幕末維新専門のミュージアム・霊山歴史館へ向かう長い坂道は「維新の道」と呼ばれ、両施設の周辺は「昭和の杜」として敬われている。この一帯は、大東亜戦争に従軍し生還した人々が、亡き戦友たちを追悼し、祖国の繁栄と世界の恒久平和を祈るため平成九年十一月二十日に整備造園。
 そこには「従軍記念の碑」として、騎兵、工兵、歩兵など数多くの隊の碑が建立されており、戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)で連合国側の判事でありながらただ一人、東條英機元首相ら被告全員の無罪を主張したインド代表判事パール博士の顕彰碑もある。
 毎年、十月と十一月は社頭が賑わう時期だ。今月十四日には木村隆比古宮司を中心に秋季例大祭が挙行され、午前から午後にかけて碑前祭、本殿祭、招魂社祭の順で神事が厳かに営まれた。
 創立百四十周年の記念事業として今年度内に社務所の改築も計画されており、境内入り口には完成イメージ図とともにそのことを知らせるプレートが掲げられている。現在の社務所は、志士たちの墓域の真下に建っている関係で、入山拝観案内や記念品の販売なども兼務。老朽化が進んだため、新築することになった。
 また、坂本龍馬の命日に当たる十一月十五日には恒例の「龍馬祭」が行われる。当日は午後三時半からの旧土佐藩招魂社祭で始まり、墓前祭へと続く。
 ユニークなのは、龍馬と中岡が遭難する直前、龍馬が好物のシャモ(軍鶏)を食べようとして・・・

 

<2面>

  • 教皇がアッシジを初訪問
    聖人ゆかりの地を巡礼、ミサも

  • 称讃寺で秋季永代経法要
    大村崑氏らが講演
    高松市

 

<3面>

  • 真言宗十八本山お砂ふみ
    霊場巡りと同じ御利益
    護国寺

  • 大本山光明寺 十夜法要
    佛の光 うけぬ日ぞなき
    鎌   倉

<4面>

  • 美術/特別展 京都│洛中洛外図と障壁画の美
    東京国立博物館 平成館
    「京都でも見られない京都」を体感
クョスコニョ    [1] 
 前のテキスト: 平成25年11月5日号
 次のテキスト: 平成25年10月5日号
 特集
 社是
syaze1
syaze2
syaze3
rn1
space
 -宗教新聞社- The Religion News Copyright (C) 2004 All rights reserved.