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  平成17年6月5日号社説
 

虐待トラウマは治る

 一九九九年にベストセラーになった天童荒太の『永遠の仔』は、幼児期に受けた虐待によるトラウマ(外的心傷)が原因で、成人になった男女が起こす犯罪小説だった。虐待の世代間連鎖が問題にされ、社会的な関心を呼んでいたこともあって読者の共感を呼んだ。
  
子育てで癒やされる
 しかし、上下の長編を読みながら、何か割り切れないものを感じたのを覚えている。不幸な幼児期を過ごしたからといって、誰もが非行に走るようにはならないし、そもそも人間は過去に縛られてしまうような単純なものではないからだ。
 高知県立中央児童相談所小児科医の澤田敬さんは出産前の母親を保健師らがケアすることで、虐待の予防に成功している。妊娠が分かり、母子手帳を取りに来た妊婦に保健師が面接し、チェックリストに記入してもらう。そこで、ほぼ10%の妊婦に危険因子が発見されるという。保健師は雑談しながら母親と信頼関係をつくる。そのコツは、里帰り出産する娘を迎えた母親の振る舞い。親にも相談できない不安いっぱいの十代シングルマザーなどは、実の娘のように保健師を慕ってくるという。
 虐待に至る大きな要因は、@子供の素質A家族の非協力B経済的困窮C過去のトラウマD相談者の不在――などで、そのどれか一つでも解消すれば防げる。@からCはすぐには解決できないので、Dを補おうというもの。二〇〇三年から四万十市(旧中村市)で実施して、約六百人の赤ちゃんが生まれたが、虐待は一件も起こっていない。
 加えて澤田さんは、親自身が子供時代に受けた虐待によるトラウマも、子育てを通して治すことができるという。最近の大脳生理学によると、人間は生まれた日から、強力な刺激や繰り返される刺激を受けると、脳の中に神経回路網ができ、それが表象(記憶)となる。いわば、心のレンズでいろいろな写真を撮り、心の中に取り込んでいるようなもの。
 そして、親が一歳の子を前にすると、自分の一歳のころの写真が浮かび上がり、その状態で赤ちゃんに接する。一歳のころ、叩かれたり叱られたりした親は、子供が泣くと嫌な写真が浮かび上がって虐待してしまう。それが虐待の世代間連鎖だ。
 そんな親でも、自分の赤ちゃんと楽しいやりとりがあると、その場面の写真を取り込むことで、自分の脳にある嫌な写真を差し替えることができるという。そうやって、楽しい写真が多くなり、嫌な写真が少なくなることでトラウマは消えていく。子育ては親育てともいわれるが、子育てしながら心の傷を癒やすことができるのだ。
 イギリスの非行少年の生育歴調査から、子供の心の発達には親子密着の子育てが望ましいとした児童心理学者、ジョン・ボウルビィ博士の愛着(アタッチメント)理論は、今や世界的に支持されている。澤田さんはそれに大脳生理学の表象理論を取り入れたといえよう。体験的に感じていたことが、科学的に実証されると改めて納得できる。
 妊婦の相談に当たる保健師は、まず本人に自信を持たせるよう心掛ける。そのため、絶対に説教はしない。その点、医師や看護師、教師らは教えようという気持ちが強いので相談員には向かないという。澤田さんは笑いながら、「当相談所で一番癒やしの力を持っているのは受付の中年女性です。私や保健師が手に負えない子供も彼女には心を開く。今、お茶を持ってきた女性ですよ」と言った。
 
今を生きる
 母親をまず安心させるのは、宗教的に言えば、「今を生きる」ということに通じる。過去や未来にとらわれず、目の前のことに全力で立ち向かえば、おのずから道は開ける。本来、人間はそんなしたたかさを持っているので、平常心を取り戻せば問題は解決に向かうことが多い。
 もっとも宗教によっては、人々の不安をあおり、追い詰めることで、その目的を達成しようとするものもある。しかし、それは宗教本来の在り方ではないだろう。

クョスコニョ    [1] 
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