わが師の恩
卒業式のシーズンだが、卒業生によって長く歌われてきた『仰げば尊し』を聞く機会が減ってしま
った。今、一番歌われるのは、埼玉県秩父市立影森中学校の教員によって作られた合唱曲「旅立ちの日に」。作詞
は当時の小嶋登校長、作曲は音楽教諭の坂本浩美氏。荒れた学校を立て直すために作られた感動的な歌だが、やは
り卒業式には『仰げば尊し』を聞きたいという人も多いだろう。 仰げば尊し 二〇〇五年に日本テレビ系列
で放送されたテレビドラマ『女王の教室』は、クラスを女王のように支配する女教師と小学校六年生の一年間にわ
たる闘いが、児童の視点から描かれていた。天海祐希が女優として新境地を開いた作品とされるが、卒業式で子供
たちが、泣きながら『仰げば尊し』を歌うシーンが印象的だった。それまで厳しくされたのは、自分たちの将来の
ためだったと、子供たちが気付いたからだ。 現実にはあんな強圧的な教師はいないだろうが、「子供の目線で
」「友達のような」教師がいいとされる風潮に、ブラックユーモアのような形で問題提起をしていた。世の中に出
ると、どこにも能力や生まれ、所得などに基づいた格差がある。そもそも資本主義社会は、格差を是とするのが基
本。格差があるから頑張ろうとなる。 もちろん、それだけでは弱者は救われないから、どの国も福祉国家を目
指すようになった。子供や高齢者、障害者なども含めた社会全体を平和で豊かにすることが、政治目的となってい
る。 安倍政権は教育再生を最重要課題に掲げ、その一つを教員の質向上に求めようとしている。教育について
は人それぞれの意見があるが、結局は先生の問題に集約されるのではないか。発達段階の子供にとって、尊敬でき
るような先生に巡り合えることは、何よりの幸運だろう。そうした教師の尊厳を保つには、制度の整備や教師自身
の自覚も必要だが、保護者を含めた社会全体で認識を共有し、取り組まなければならない。 戦後教育の根底に
あったのは、米国の哲学者ジョン・デューイのプラグマティズム教育だ。子供を自由にさせれば内在するものが表
出するので、教師は特に引き出す必要はないという考えから、エデュケーション(引き出す)という教育本来の言
葉も否定する。九〇年代に文部省でゆとり教育を推進した寺脇研氏などは、「教師は指導者ではない、支援者だ」
と言っていた。その結果、対教師暴力が増え続け、文部科学省によると、平成十七年度に公立小学校の児童が起こ
した校内暴力は二千件を突破して過去最高になり、特に対教師暴力は前年度比で40%近くも増加している。 い
じめ自殺問題で、伊吹文明文科相が文部科学省の指導・監督権限に限界があるかのような発言をしていたのは、教
育委員会の問題と関連している。専門家によると、地方では教育委員会が教員組合の温床になっていて、政治的中
立という美名の下、実際には偏向させられているという。地方分権の流れで、教育権まで国から地方に移すという
のは、もっと議論を重ねる必要があろう。 教育基本法を改正し、独自色を強めつつある安倍政権には、レーガ
ン改革やサッチャー改革に匹敵する日本の教育改革を断行してほしいものだ。教育の立て直しは国の立て直しの基
本である。 師を持つ幸せ 最近、社説子は友人に誘われ、地元のコーラスに通っている。女性が十数人で男
性は二人だけ。指導するのは七十七歳の元音楽教師。発声練習からきちんとやってくれるのがありがたい。また月
に一度、若い宮司から日本の古典の手ほどきを受けている。古典をきちんと読み込まなければ、日本そして日本人
を理解することができないからだ。 その気になれば、いろいろな場で師を探すことができる。学ぶ意欲を持ち
続ければ、今はやりの脳の活性化にも役立つ。長寿社会では師を持つことが幸せの鍵なのかもしれない。
|