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平成24年7月20日号[天地] |
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七月五日朝、矢野憲作さんが亡くなった。九十七歳。今年、肺がんが見つかったが、五月には沖縄の徳島県人会に車いすで参加している。七月初めに食事が困難になったが、執念のように一口ずつ口に運び、前日の夕食も食べ、翌朝、眠るように逝ったという▼香川県高松市で「元気に卒寿・白寿を生き抜く会」を立ち上げ、「生きる手本を見せ、しっかり死んでいこう」と公言。親友の平井賢一さんが百三歳で亡くなったので「百四歳が目標で、白寿は超えられそうだ」と言っていたのに▼矢野さんは大正四年徳島生まれ、昭和三十八年に高松でスーパーを創業。社長時代から小さな親切運動の県事務局長を務め、五十八歳で引退するとボランティア中心の人生に。遺影の横にあるラオス政府友好章は、同国に小学校や職業訓練校十二校を寄贈したからで、昨年、外務省推薦で旭日双光章を受章した。フィリピンのチボリ族への支援も長い。ボランティア団体に数十〜数百万円の支援を約二十年間続け、さらに高齢者と中学生の討論会を催し、中学生から「私の夢」の作文を公募し、優秀者の学校に十万円の図書を十年間寄贈してきた▼目標志向の努力家で、「人のために生きてこそ人」と明るい笑顔で教えられた。ご冥福をお祈りします。
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